エッセイの話題

中学の頃、交換日記が流行っていました。交換日記というと、お互い好き同士の男子と女子の間で行われるというイメージがあるかもしれません。確かにそういうパターンもありましたが、その頃クラスで流行っていたのは性別は関係なく、友達同士で、また、時には3~4人くらいのグループ内で日記を回す、ということを行っていました。書く内容はなんでもよいのです。中学校1~2年生が書く日記などはとてもたわいのない内容です。

 

1.交換日記の思い出
交換日記の、ノートを選ぶのもとても楽しい作業だったのを憶えています。近所の文房具やや可愛い雑貨が売っているお店にいって、あれでもないこれでもないとみんなで騒ぎながら、お気に入りの1冊を選ぶのです。始めはピカピカだったノートも、何人もの手に回されて、かばんの中に入れたり持ち歩いたりするうちに、どんどんと汚れてヨレヨレになってきましたが、それもみんなの友情の歴史の証のような気がして、どこか誇らしかったものです。

 

当時私は、いくつかのグループとかけもちで交換日記を行っていました。その中のひとつは、私以外に女の子一人と、あとは2人の男の子のグループによるものでした。男の子は、けっこう字も乱暴だったりわけのわからないイラストが描かれていることが多かったですね。私はといえば、当時好きだったアニメのキャラクターのイラストなんかもよく書いていました。そのグループの男の子のうちの一人が、倉田俊男くんでした。彼は、当時学年の割には小柄な男の子で、男子なのにけっこう字がきれいで、なおかつ今思い返しても素敵な文章を書く子でした。

 

倉田くんが書く文章は、なんというかひとつの物語として、毎回完結しているのです。見開き2ページに渡って、彼の世界が広がっているようでした。といっても、その内容は決して現実離れしたファンタジーというわけではありません。

 

彼が飼っている犬のこと、野球部の試合での出来事、塾の先生に言われたこと、最近読んだマンガの感想など、身近な内容なのですが、とても面白くて夢中で読み終わってしまい、いつしか彼から日記帳が回ってくるのがとても楽しみになっていました。一度、倉田くんに、「日記、いつもすごく面白いね!」と感想をいうと、彼はちょっと照れたように、「あれは日記っていうよりもエッセイだから」と言いました。なんでも、彼はこの「エッセイ」を書くことができる仕事に、将来就きたいのだそうです。私は、エッセイといわれても当時あまりピンと来ませんでしたが、やがてエッセイがどのようなものなのかがわかるようになりました。

 

大人になった今でも、当時の彼のエッセイがまた読みたいなと思うときがあるのです。

 

2.体操クラブの会報
二人の息子の子育てを終えて自立をし、自分だけのための時間ができたときに、ふと、一体何をして時間を過ごせばよいのかわからずに戸惑いを感じている自分がいることに気がつきました。毎日家で過ごすのは、病気でもないのにもったいないですよね。それに、運動不足は病気や肥満のもとです。これからは自分の老後を少しでも健康に過ごすことを考えなければいけない年齢にさしかかっています。

 

私は、若い頃、学生時代は運動系の部活に精を出す、体育会系の女子でした。毎日暗くなるまで練習に明け暮れ、家に帰って夕ご飯を食べればもうバタンキューで、寝てしまうという毎日です。それが、学校を卒業して就職した頃から毎日のように運動をするということがなくなってしまいました。まだ若かったので、休みの日には友達とテニスをしたり、連休があれば車を出してちょっと遠出をしてスキーをしに行ったりしました。それが、結婚したころから習慣的に運動をするということがなくなってしまい、今ではすっかり運動不足の状態です。昔はスリムだったはずの体もすっかりたるんでしまって、標準体重もオーバーしています。

 

そんな背景があって、自分のための時間ができた今、何か外に出て運動をしたほうがいいなと思うようになりました。たまたま、地域の情報誌に、近所で体操クラブを行っていて、そこで参加者を募っているという広告を目にして段々その気になってきました。ハードな運動は自分にはちょっときついかなと思ったので、中高年以降向けの、インナーマッスルを鍛えるというコースはちょうどよいように思えました。

 

さて、実際に行ってみると、体操そのものは物足りなく感じるくらいの内容でしたが、無理なく続けられそうなものでした。参加者は私よりも年上の方が多く、場の雰囲気がよかったです。倉田俊男さんは、私よりも1年早く参加していた男性でした。この教室では会報のようなものを作っていて、倉田さんがそのとき編集を担当していました。

 

今お薦めの体操の図解や、さまざまな健康情報、メンバーの紹介などのコーナーがあって、エッセイのコーナーもありました。倉田さんはそのエッセイも担当していらっしゃって、メンバーはみな彼の文章をとても楽しみにしていました。最近の彼のコラムには、この教室で習った体操を家でも始めて約1年で、体重が7キロほども減少したことについて、面白おかしく書かれていました。こういう、エッセイで人の心をなごませることができるのって素敵だなと思いました。自然と笑顔になることは、健康にも絶対よいはずですよね。

 

私には、昔からこれといったとりえもないと、自分では感じていました。ただ、小さな頃から、物語を読んだり読み聞かせてもらったりするのが大好きな子どもだったと思います。物語を読んだり聞いていると、自分の中でもうひとつの世界が生まれて、その中で登場人物たちが活き活きと動き始めるのです。あまり友達もいないタイプで、学校の休み時間には、ひとりで本を読んで過ごしているような子どもでした。

 

それが、小学校高学年くらいの頃から、自分でも物語を書くようになっていきました。それは、小説と呼ぶのはあまりにも稚拙なものでしたが、自分が話すことができないようなことでも文字にするとスムーズに流れ出てくるので、自分でも心地よかったのかもしれません。

 

中学でも、本好きは相変わらず、というかもっとのめりこんでいたように思います。自分で書く文章も、だいぶ長く多少は複雑になってきていました。それでも、大人から見れば作文に毛が生えた程度だったことでしょう。

 

高校に入ると、図書館に入り浸るようになりました。勉強という名目で行ったはずが、いつの間にか本を片手にしているということも少なくありませんでした。その、学校の図書館でよく一緒になる男の子がいました。倉田俊男君です。彼は、パッと見は色白で病弱そうな、痩せた男の子でした。彼もあまり人と話すのが得意ではなかったようで、いつも一人でいました。そして必ずといってよいほど、本を読んでいました。

 

私たちは、お互いの存在に気づきながらも始めはなかなか声をかけることができませんでした。それが、あるきっかけがあって、彼と言葉を交わすようになったのです。
3.映画好きの倉田俊男
私は、当時人気があったあるエッセイストの新刊が読みたくて、貸し出しコーナーに張り切って行ったのですが、すでに貸し出し中でした。もっと早く来れば良かった!でも、誰が借りたのだろう?不思議でしたが、すぐにわかりました。倉田君です。彼に先を越されてしまったわけですが、思い切って話しかけて、彼が読み終わったら私に声をかけてくれる約束を取り付けました。聞けば、彼はこのエッセイストの大ファンなのだそうです。

 

この作家がきっかけで、さまざまなエッセイを読むようになり、自分でも書き始めたのだそうです。私たちは、共通の好きな作家がいるとわかったことから、色々と話をするようになりました。今度、彼が書いたというエッセイを読ませてもらう約束をしました。どんな内容なのか、今からとても楽しみにしています。

 

私は、映画を観ることが大好きです。昔は、気になる映画を見つけては、映画館まで足を運んでいました。数え切れないほど観た映画の中には、かなりマイナーなものや、ストーリーの意味が全くわからないものなど、もう二度とは観ることがないであろう作品もたくさんありました。期待せずに、映画館へ飛び込みで入って観た作品が思わぬ名作だったときにはとてもうれしくなりました。人が少ない映画館であれば、気の合う仲間と一緒に見に行って、観ながらああだこうだと感想やツッコミなどを入れるのも楽しいものです。ただ、観客が他にいないときにしか、これはお薦めできませんが・・・。

 

最近は、あまり映画館に行かなくなってしまいました。時間がなくなってしまったのです。今ではもっぱらDVD鑑賞を自宅で行っています。映画館のスクリーンで見るような臨場感には到底及びませんが、レンタル料金は安いですし自分の部屋でくつろぎながら観るのもけっこう気に入っています。これまでに何本の映画を観たでしょうか。かなりの数になりますが、残念なことにそれらの内容の多くを忘れてしまっているのも事実です。本当に感動した作品などは、記憶に残っているのですが・・・。

 

私の友達である倉田俊男くんは、やはり映画大好きな男子です。私と作品や監督などの好みが似ているのか、これまで観た映画もかなりかぶっていることが判明してからはさらに仲良くなりました。ただ、私と違うのは、彼は自分が見た映画は全て記録しているということです。記録、といっても堅苦しいものではなくてまるでエッセイのような文章です。彼のその映画のエッセイを読むと、忘れていた作品でも、鮮やかに記憶がよみがえるのが感動的です。

 

私も見たことがある作品の場合では、彼がこんな感想を抱いていたのか、とか、へえーこういう見方があるんだー、とかいろいろと考えさせられます。もうノート何冊分にもなっている彼のエッセイから彼が映画を愛していることがひしひしと伝わってくるようです。たとえ作品に対して批判的なことを書いていても、そこには愛が感じられるのです。倉田君のエッセイを読んで感激して、その作品を始めて観る、ということも珍しくありません。彼の映画作品のチョイスは(私にとっては、ですが)なかなかセンスがよく、彼が高評価をしていた作品にはずれはほとんどありませんでした。これからも、彼のエッセイを参考にしつつ、映画を楽しみたいと思っています。